悲しむことを、やめなくていいよ。5年経った今、流産について話せること。

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私はいま、39歳。二人の子どもの母親です。
一人は2009年生まれ、8歳の男の子。もう一人は2013年生まれ、4歳の女の子。
でもほんとうはその間にもう一人、2012年生まれの子どもが、いるはずでした。

あれは2012年5月5日、こどもの日。夜中に下腹部の痛みを覚えて私は目を覚ましました。
しばらく横になっていましたが、痛みは引くどころか増していき、一人目の出産を思い出す、あの陣痛のような痛みに変わっていきました。
そしてついに出血。まったく心の準備のないままに、私は、お腹の赤ちゃんとさようならをすることになりました。
いわゆる流産。妊娠3ヶ月、10週と6日目のことでした。

妊娠の約15%に起こるという「流産」。すくコム読者のみなさんの中にも、悲しいご経験をされた方、まさに辛い時間の中にいる方も多いのでは、と思います。

流産を経験して5年が経った私が今話せる、あの時の心の動き、少しずつ元気を取り戻していくまでのことをまとめました。当事者のママさんたち、それを支える周りの方々にも、ご参考になればうれしいです。


流産は誰のせいでもない。分かってはいるけれど・・・

流産とは
 妊娠したにもかかわらず、妊娠の早い時期に赤ちゃんが死んでしまうことを流産と言います。定義としては、22週(赤ちゃんがお母さんのお腹の外では生きていけない週数)より前に妊娠が終わることをすべて「流産」といいます。妊娠12週未満の早い時期での流産が多く、流産全体の約80%を占めます。
[頻度]
 妊娠の15%前後が流産に至るとの統計もあり、多くの女性が経験する疾患です。

原因はなんですか?
 早期に起こった流産の原因で最も多いのが赤ちゃん自体の染色体等の異常です。つまり、受精の瞬間に「流産の運命」が決まることがほとんどです。お母さんの妊娠初期の仕事や運動などが原因で流産することは、ほとんどないと言って良いでしょう。

©公益社団法人 日本産科婦人科学会
引用元:http://www.jsog.or.jp/public/knowledge/ryuzan.html

流産は妊娠の15%に起こること。35歳以上の妊娠となると更に頻度は上がること。
初期の流産は、赤ちゃんになんらかの異常があることがほとんどで、お母さんの責任は、ほぼないこと。
どの文献を読んでも、どのサイトを読んでもそう書いてありました。病院の先生にも、助産師さんにも、そう声をかけていただき、励まして頂きました。

でも・・・。
どんな統計学的な根拠を示されても、私の心は晴れませんでした。

もし、あの時、息子を追いかけて急にダッシュをしていなければ。
もし、あの時、重い缶詰の入ったスーパーの袋を無理して持たなければ。
もし、あの時、少し我慢して、スパイシーなカレーに口をつけなければ・・・。あの時、あの時。

ささいなことを思い出しては、原因を探してしまう自分がいるのです。
私がもっと注意深く暮らすことで、赤ちゃんを救うことができたのでは?そんな自責の念にしばらく苦しめられました。

当事者であるお母さんたちは、本当に、必要以上に、自分を責めているのです。
ご家族の方、そばにいる方にできることは「それでもやはり、あなたのせいではないよ」と根気強く言い続けてあげることでは、と思います。


「よくあることよ」は慰めにならない

お腹の中で育んでいた子どもを自分の体の中で亡くすということは、本当に強烈な喪失体験でした。
物理的に子どもを失っただけでなく、その子が生まれた後を思い描いていた明るい未来までもが、流れていってしまったようでした。

統計的にはよくあることであったとしても、「私」にとって、この体験は一生のうちでも上位に入る悲しいできごと。「よくあること」なんかで片付けられるはずがありません。

それに、想像してみてください。
あなたが誰か大事な人を亡くした時、「よくあることよ」と声をかけられたら?
誰かの死を悲しんでいる時、「よくあることだから元気を出して」と慰められたら?

なぜか流産では「よくあることよ」が、代表的な慰めの言葉として使われていますが、その言葉の裏にある残酷さも知っておいてほしい、私はそう願います。

・・・とここまで書いて、矛盾しているようですが、それでもやはり「よくあること」「私のせいではなかった」という科学的な根拠は、最終的に、前を向かせてくれる大切な言葉になっているのもまた事実です。

頭では分かっていても、納得するのに時間がかかる、流産に関するこの数字。
自分自身でこの数字に納得することができた時、気持ちに一区切りができたと言えるのかもしれません。


悲しい気持ちを表すことは、タブーではありません

一般的に、流産したことを他の人に話すことは、タブーとされているのが現状です。家族や親しい友達にさえ、伝えるのを躊躇する方も多いのでは?
悲しんでいる自分の気持ちを外に表すことさえも、禁じられているのではないか。
多くの流産経験者は、そのような思いを抱いて、なるべく発言を控えているのではないでしょうか。

でも私は、この苦しさを話してみることを選びました。
まずは夫に。たくさん泣いて、たくさん嘆き、ただただ話を聞いてもらいました。
過去の話も、未来の話もせずに、「今」の私に寄り添ってもらえたのが有難かった。

そして、赤ちゃんが生まれることを楽しみにしていた3歳の息子にも「きっとわからないだろう」と思いながら、話しをしました。すると思いがけない反応が返ってきたのです。

「ごめんね、ポンポンちゃん(赤ちゃんの呼び名)、お空に行っちゃったからもういないんだ」

「ちがうよ。ポンポンちゃん、おそらにわすれもの、とりにいっただけなんだよ」

衝撃でした。そうか、忘れ物を取りに帰ったのか・・・。
3歳児なりに私を励まそうとしてくれていたのでしょうか。いつもとちがうママの姿に、何か感じるところがあったのでしょうか。
思いがけないその言葉に、私はとても元気づけられました。

この日のことを忘れたくない。そんな思いで私はこの息子とのやり取りを日記にし、SNSでごく身近な友達だけに流産したことを知らせしました。
すると、またも思いかけず「私も流産を経験している」と、たくさんのコメントやメッセージを受け取ることになったのです。

悲しかったときのこと、今も思い出すこと、時間がかかるけれど、かならず少しずつ元気になれること。あたたかな言葉で溢れたコメントを何度も何度も読み直しました。

流産はよくあること。よくあるけれど、他人には言ってはいけないこと。悲しみは心に秘めて押し殺し、悲しんでいることさえ、見せてはいけない。
そんな呪縛から逃れ、悲しみを自分の言葉で表現してみることで、私はずいぶん気持ちが楽になっていったように思います。

流産は、悲しいことだけれど、恥ずべきことではありません。その悲しみを話すことで少しでも自分が楽になれるのならば、少し勇気を出して、自分の気持ちを言葉にしてみるのもいいかもしれません。

友達に話すのに抵抗があるという方には、このようなサイトもあります。匿名性を利用して思いの丈を吐き出してみるのも一つの方法。書くのに抵抗がある方も、同じ体験をされている方の言葉を読んでみるだけでも、どこかに、気持ちが楽になるヒントが隠されているかもしれませんよ。

流産・死産経験者で作るポコズママの会
http://pocosmama.jp/

悲しむことをやめないでいいよ

もし、これを読んでいるあなたが、流産をを経験し、辛い思いの真っ只中にいるのだとしたら。「悲しまないように努力しなくてもいい」、「元気になろうとがんばらなくてもいい」と伝えたいなと思います。

いっぱい泣いて、悲しんで。
お腹にいた赤ちゃんのことを想ってあげることは、なにも悪いことではありません。

5年たった今でも、私は、こどもの日が来るたびに、母と決まってメールを送り合い「お空で見守ってくれてるかな」なんて言いながら二人でその子を思う時間を持っています。何年たってもそんな日があってもいいかなと、私は思います。

お腹に来てくれたことがわかって喜んだ日のことを、覚えていてあげること。さようならした日のことを、覚えていてあげること。無理に忘れる必要など、なにもないのです。

私がとてもつらかった時「私もそうだったのよ」と言ってくれたあの人に、今度は私がなる番かな。そう思いながらこの記事を書きました。少しでも、皆さまのお役に立てていたらこんなに嬉しいことはありません。

そして願わくばいつの日か、今度はあなたが「私もそうだったのよ」と、悲しんでいる誰かのために、笑顔で言える日が来ますように。

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